日本都市養蜂の歴史~明治41年都市養蜂記事~ 

明治41年1月1日、読売新聞日就社より発行された農業便覧で、養蜂の適地として「大都会中央にある屋上の蜂群より巨額の収蜜をなすものある」と、出ておりました。
明治33年過ぎからようやく日本に西洋ミツバチの近代養蜂技術が広がり始め、明治42年に機関紙「養蜂の友」創刊で全国に近代養蜂技術が普及し始めたばかりの頃に、都会のしかも屋上養蜂を薦めていたのが驚きでした・・

明治41年農業便覧記事(2.8M)